明日は仕事である。嫌だができるだけ考えないようにしている。
考えないようにすればするほと考えてしまうのも厄介であるが。
今私はショッピングモールにいる。子供が抱っこをせがんできたと思ったら寝だした。
重いからフードコートのベンチで寝させている。こんなにうるさい場所なのに起きる気配はない。
幸せなやつだ。
さて、昨日のNHKでこころの時代という番組をやっていた。
瞑想がテーマだった。
瞑想と言っても暗い部屋で目を閉じて行うのではない。目を明け散歩しながら瞑想を行うというもの。
瞑想とは目を閉じることに限らず、「考えない」ということだそうだ。
我々は日々、瞬間瞬間何かを考えて生きている。マインドトークというもので、何かを考え、それにより感情がゆさぶられる。
敢えて考えず感情をフラットにするというのが広義の瞑想である。
花の良い匂いがしてきた、そのときに何を思うか。人それぞれだと思うが、そのときに考えないこと。これが瞑想だ。
できるだけ色々なことに心を動かされずフラットな気持ちでいたいものだ。
うつ病も社交不安障害も考えすぎによるところが多い。考えすぎなんだよと指摘されても、考えてしまうところが極めて難しいところだ。
小池龍之介さんの「考えない練習」は過去に読んだが、考えないためのトレーニングを行い身に付けるまでにはまだまだ時間がかかりそうだ。
最近ちょっとトライしているのが、嫌な人も所詮はいつかよぼよぼの老人になり死ぬんだと思ったり、もともとはよちよち歩きの赤ちゃんじゃないかと思ったりすることである。
つもり畏怖の対象である人も所詮はこんなもんだよねって思うことで少しは気が楽になると思っているのだ。
少しは効果がある気がする。